駿府城天守台跡、発掘体験観光が好評 見学者9万人超 – @S[アットエス] by 静岡新聞



天守台北辺の石垣を見学する発掘体験参加者=9月下旬、静岡市葵区の駿府城公園

 静岡市葵区の駿府城公園内にある駿府城天守台跡の発掘調査開始から1年余りが経過した。現場公開や作業体験などを通じて発掘そのものを観光資源化する取り組みが好評で、見学者は9万人を突破した。調査では天守台の石垣が全体の半分以上確認されるなど、学術的な成果も上がっている。
 調査は2016年8月に始まった。作業体験は当初、市内の小中学生だけを学校単位で受け入れていたが、17年6月からは対象を一般客にも拡大。10月14日までに実施した計18回で計819人が参加し、うち県内在住者で市外からの参加は231人、県外からの参加は245人だった。全国的に珍しい取り組みは注目を集め、奈良県や兵庫県の自治体などが視察に訪れた。
 9月下旬の発掘体験日には高知や京都、広島や大分などから訪れた約30人が、天守台跡の土を削って遺物を探したり、出土品の瓦の文様を紙に転写する「拓本」に挑戦したりした。城巡りが趣味という横浜市の女性(56)は夫婦で参加。「(発掘は)一度やってみたかったが、手軽にできるものではない。現場に入れてすごいと思ったし、ここに来るまでに城下町を歩けたのも良かった」と語った。
 17年度の発掘体験は10月で終了し、18年度に再開する。ただ、市が実施している発掘調査はいつでも見学可能。隣接する発掘情報館では出土品を公開している。
 発掘調査も順調に進む。現在までに石垣の西辺(約68メートル)と北辺(約60メートル)を確認し、おおよその規模が分かってきた。市歴史文化課によると、明治以前の天守台を描いたとみられる県立中央図書館所蔵の絵図「駿府城御本丸御天主台跡之図」に記録された寸法に近いという。担当者は「絵図の信頼性が高まった。整備の方向性が決まったとき、規模や形態を知る上で参考になる」と話している。

 <メモ>駿府城 徳川家康が天正期の1585年と慶長期の1607年に築城(慶長期は大改修)した。天正期の記録はほとんど残っていない。慶長期の駿府城は大御所政治の拠点になったが、家康死後の1635年、火災で大半の建物が焼失。以降、天守閣は再建されなかった。明治時代に廃城になり、天守台は1896年、陸軍歩兵連隊の設置に伴い取り壊された。静岡市は2016年度から4年間の計画で天守台の発掘調査を開始。結果を受けて整備方針を決めるとしている。




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