【復活可能性都市へ】(5)元協力隊、地域に新風 – 西日本新聞



 五木の子守唄の里、熊本県五木村の地域おこし協力隊員だった黒川麻里子(36)の襟には今、議員バッジが光る。

 盛岡市出身で、東京のIT企業で働いていた時に東日本大震災が起き、人生観が変わった。岩手県内に住む妹の家は津波で流された。実家に帰ると、沿岸部のがれきと化した街並みにがくぜんとした。「自分は何ができるのか」。変わらない東京のビル街で悩んだ。

 当時交際中だった夫が熊本県多良木町へ帰郷するのを機に、車で片道30分の五木村の協力隊員募集に手を挙げた。苦闘する過疎地に寄り添い、手助けする仕事。「これだと思った」

 2015年に隊員になってすぐ、村の観光PRのため高さ66メートルの橋から、清流・川辺川へ向かってバンジージャンプで飛んだ。ここで生きていく決意を込めたダイブだった。

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 協力隊では壁にぶつかった。村で配られる協力隊通信に「歴史文化交流館の展示の時系列がばらばら」と改善点を書こうとしたら、村職員から「直接役場に言ってほしい」と止められた。提言しても役場は動かず、ツイッターに投稿した。「言いたいことも言えないこんな世の中じゃー」

 もっと意見の通る立場になろうと、任期途中で隊員を辞め、改選前の平均年齢が67歳の昨夏の村議選に挑んだ。1人で拡声器を持ち、「若者の声を議会に」と訴えた。77票を集め、10人中7番目で当選。「村に新風を」との期待と責任感に、身震いした。

 村を維持するため、五木を愛する自分や住民たちのため、若者をどう呼び込むか、頭の中はいっぱいだ。

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 非正規の公務員である協力隊員制度は国主導で09年度に始まり、隊員は16年度時点で全国に4千人いる。任期後に同じ自治体に住む人も半数近くいる。

 長崎県対馬市の島おこし協働隊員だった青森市出身の川口幹子(もとこ)(38)もその一人。14年に任期が切れた後、活動拠点の志多留(したる)地区で地元漁師と結婚し、長男を産んだ。人口約60人の限界集落で、20年以上なかった赤ちゃん誕生だった。

 東北大で生態学の研究をしていた頃、人と自然が共生する「持続可能な社会」づくりに挑戦したいと考えた。ツシマヤマネコが生息する生態系を保全しながら、循環型社会を実践できる地域として、海、山、川がそろう志多留を選んだ。

 乱開発で共生が難しいのではなく、人の手が足りず自然が荒廃していく地域。「人材が必要」と島おこし実践塾を企画した。島内外から学生ら若者を集め、耕作放棄地で雑草を刈り取りながら再生策を考える。開催は既に6回。地元住民と数日間寝食を共にした塾生からは「こんな所に住みたい」との声も上がる。

 昨秋、東京から来た女子大学生がシイタケ栽培地で、長さ1メートルほどの原木を上下反対にする作業を体験した。川口が力を入れる農家民宿ツアー。夕食にシイタケを食べた女子大学生は目を丸くした。「普段食べてるシイタケとは別物」

 都会とは違う満たされた暮らしが島にある。移住7年目の川口は、その思いをますます強くしている。 =敬称略

 =おわり

=2018/01/12付 西日本新聞朝刊=




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